2010年
05月
19日
(水)
|
編集
大体、自分が一周目クリアまでにかかる時間です。
サクサク進めるか、のんびり進めるかによって、
30時間代半ばくらいだったり、50時間近くかかったりもしますが、
過度な寄り道をせず普通に進めれば、概ねこれくらいです。
40時間がある程度の目安となるおかげで、
例えば、それが進行度のペースメーカーになることもあります。
ストーリーが盛り上がってきて、いよいよラスダンか?と思っても、
プレイ時間が30時間だったら、
いや、まだまだもう一波乱あるかもしれない、
といった慎重姿勢を維持することになります。
サクサク進めるか、のんびり進めるかによって、
30時間代半ばくらいだったり、50時間近くかかったりもしますが、
過度な寄り道をせず普通に進めれば、概ねこれくらいです。
40時間がある程度の目安となるおかげで、
例えば、それが進行度のペースメーカーになることもあります。
ストーリーが盛り上がってきて、いよいよラスダンか?と思っても、
プレイ時間が30時間だったら、
いや、まだまだもう一波乱あるかもしれない、
といった慎重姿勢を維持することになります。
逆に、これひょっとしてもう少し続くか?と思っても、
プレイ時間が50時間に迫っていたりしたら、
ああ、多分これがラスダンだろうな、ラスボスはあいつかな、
といったクロージング姿勢に入ることになります。
なので「気が付けばラスダンだった」みたいなことはあまりなく、
よし、行くぞ!的な気持ちの整理をした上で、
思い残すことなく乗り込んでいくことが多いような気はします。
もちろん、それはFFに限った話ではないですけど、
FFに関して言えば、何故か毎回、
プレイ時間を意識するタイミング、みたいなのがあるんですよね。
例えば、プレイをはじめて、ひと通りのチュートリアル的なことも済ませ、
ファーストセーブをするタイミング。
大体30分くらいだったりしますが、「おー、30分」って思います。
何の「おー」だかは、謎です。
唯、この30分をあと何度繰り返すと、的な心境になるのです。
その後は、1時間半くらい、6時間くらい、10時間くらい、
みたいなタイミングでプレイ時間を意識したりしますが、
だんだんと意識しなくなっていき、
最終的に、ラスダンまでのペースメーカーと化します。
しかし、よくよく考えてみると、
1つの物語に40時間もの間、向き合い続けることって、
ゲーム、殊更RPG以外ではなかなか見られないような気もします。
マンガを一冊読むのは、せいぜい30〜40分。
全20巻の長編であっても、10数時間で読破できます。
文庫本も、どんなに分厚くたって10時間はかかりません。
連続ドラマは、1クール12〜13話程度なので、やはり12〜13時間。
映画に至っては、わずか2時間でエンディングを迎えます。
そう考えると、2時間で客を泣かせる映画って、やっぱ凄い。
一方で、40時間以上ともなると、
これはもう正直、大河ドラマくらいしか思い当たりません。
やっぱり、かなり壮大な体験をしているということなのかもしれませんが、
大河も含めた上記のような物語と比べると、
受け手からのインプットに対して、物語からのアウトプットがある、
といった、ゲームならではの双方向性を体験する過程を考慮すると、
その時間の使い方には、質的な差があると考えざるを得ません。
何というか、物語をただ消費しているのではなく、
むしろ人間関係と同様に、物語と付き合っているのかもしれません。
イベントが多いと言われるFFですが、
それでも40時間の半分は、戦闘とメニュー画面です。
バトルや育成といった、物語側とコミュニケーションをとる行為を、
人間関係になぞらえるとするならば、
クリアに要する時間とは「40時間のお付き合い」と言うべきでしょうか。
例えば、一週間に45分間ずつ電話をする相手がいるとして、
その人と1年間、毎週欠かさず電話をし続けたとするならば、
その時間が、大体40時間です。
確かに、相当色んなことが話せそうですし、
そうやって積み上げてきた時間が、ある日終了したとするなら、
結構、喪失感はデカイような気もします。
ブツブツ言いながら、小説読んだりテレビみたりする人は、
あるいは物語にインプットしたがっているのかもしれませんが、
それでも物語からのアウトプットはありませんし、
そもそも、ちょっとアブナイ人だと思われかねないです。
気持ちはわかりますよ。志村!後ろ後ろ的な意味で。
そういう人こそ、FFしたら良いと思うよ。
ちなみに、1つの物語、ということでなければ、
向き合った時間が長いコンテンツはいくらでもあるとは思います。
サザエさんの1つの物語に向き合う時間は10分ですが、
サザエさんと向き合った時間は、計り知れません。
我々は、人生の何分の一を、サザエさんに消費しているのだろう。
磯野家 Apple エコバッグ L プリント色 ホットピンク
プレイ時間が50時間に迫っていたりしたら、
ああ、多分これがラスダンだろうな、ラスボスはあいつかな、
といったクロージング姿勢に入ることになります。
なので「気が付けばラスダンだった」みたいなことはあまりなく、
よし、行くぞ!的な気持ちの整理をした上で、
思い残すことなく乗り込んでいくことが多いような気はします。
もちろん、それはFFに限った話ではないですけど、
FFに関して言えば、何故か毎回、
プレイ時間を意識するタイミング、みたいなのがあるんですよね。
例えば、プレイをはじめて、ひと通りのチュートリアル的なことも済ませ、
ファーストセーブをするタイミング。
大体30分くらいだったりしますが、「おー、30分」って思います。
何の「おー」だかは、謎です。
唯、この30分をあと何度繰り返すと、的な心境になるのです。
その後は、1時間半くらい、6時間くらい、10時間くらい、
みたいなタイミングでプレイ時間を意識したりしますが、
だんだんと意識しなくなっていき、
最終的に、ラスダンまでのペースメーカーと化します。
しかし、よくよく考えてみると、
1つの物語に40時間もの間、向き合い続けることって、
ゲーム、殊更RPG以外ではなかなか見られないような気もします。
マンガを一冊読むのは、せいぜい30〜40分。
全20巻の長編であっても、10数時間で読破できます。
文庫本も、どんなに分厚くたって10時間はかかりません。
連続ドラマは、1クール12〜13話程度なので、やはり12〜13時間。
映画に至っては、わずか2時間でエンディングを迎えます。
そう考えると、2時間で客を泣かせる映画って、やっぱ凄い。
一方で、40時間以上ともなると、
これはもう正直、大河ドラマくらいしか思い当たりません。
やっぱり、かなり壮大な体験をしているということなのかもしれませんが、
大河も含めた上記のような物語と比べると、
受け手からのインプットに対して、物語からのアウトプットがある、
といった、ゲームならではの双方向性を体験する過程を考慮すると、
その時間の使い方には、質的な差があると考えざるを得ません。
何というか、物語をただ消費しているのではなく、
むしろ人間関係と同様に、物語と付き合っているのかもしれません。
イベントが多いと言われるFFですが、
それでも40時間の半分は、戦闘とメニュー画面です。
バトルや育成といった、物語側とコミュニケーションをとる行為を、
人間関係になぞらえるとするならば、
クリアに要する時間とは「40時間のお付き合い」と言うべきでしょうか。
例えば、一週間に45分間ずつ電話をする相手がいるとして、
その人と1年間、毎週欠かさず電話をし続けたとするならば、
その時間が、大体40時間です。
確かに、相当色んなことが話せそうですし、
そうやって積み上げてきた時間が、ある日終了したとするなら、
結構、喪失感はデカイような気もします。
ブツブツ言いながら、小説読んだりテレビみたりする人は、
あるいは物語にインプットしたがっているのかもしれませんが、
それでも物語からのアウトプットはありませんし、
そもそも、ちょっとアブナイ人だと思われかねないです。
気持ちはわかりますよ。志村!後ろ後ろ的な意味で。
そういう人こそ、FFしたら良いと思うよ。
ちなみに、1つの物語、ということでなければ、
向き合った時間が長いコンテンツはいくらでもあるとは思います。
サザエさんの1つの物語に向き合う時間は10分ですが、
サザエさんと向き合った時間は、計り知れません。
我々は、人生の何分の一を、サザエさんに消費しているのだろう。
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